映画「インターステラー」で本棚から落ちてきた9冊の本
映画「インターステラー」において、主人公クーパー家の書斎は筋にからむ非常に重要な場所です。
映画の序盤で、不思議な力で書棚からいくつかの本が落ち、それが暗号であると娘のマーフが気づくというシーンがありますが、実はここで落ちた本の題名をみると、本自体にもさまざまに象徴的な意味が込められています。
インターステラーについて数々の記事を書いている Wired でこの9冊の本が紹介されていましたので、それぞれについてもう少し深く調べてみました。
9 EASTER EGGS FROM THE BOOKSHELF IN INTERSTELLAR | Wired
以下、ほとんどネタバレはないはずですが、ちょっとだけ映画の筋をほのめかしている箇所もあります。
Iain Banks「The Wasp Factory」(蜂工場)
最初からこれか…という問題作、イアン・バンクスの「蜂工場」。
16歳のフランクはスコットランドの小さな島で父と二人で暮らしていた。幼い頃、犬に噛み切られてペニスをなくした彼は学校へも行かず、奇妙に残虐な方法で小さな動物をなぶり殺して日を過ごしていた。ある日、精神病院にいるはずの兄から電話があった。「いまから帰る」期待と恐怖に戸惑うフランク…。イギリス文学界を騒然とさせたニューホラーの旗手、イアン・バンクス衝撃のデビュー作。
サイコスリラーである本作ですが、語り手がそもそも信頼がおけません。ラストのどんでん返しが衝撃的なのですが、ここでこの本が選ばれているのかは、どういう理由なのでしょうか。
主人公のフランクと父親の住んでいる島が、作品中の孤独の惑星と相関しているのか、あるいはあのキャラクターを暗示しているのか。2019年に新訳が登場して読みやすくなりました。
T. S. エリオット 「四つの四重奏」
映画のなかでは「T. S. エリオット 選集」が床に落ちているのですが、WIREDの記事で特に「インターステラー」との関連が指摘されたのは「四つの四重奏」です。
Time present and time past
Are both perhaps present in time future,
And time future contained in time past.
If all time is eternally present
All time is unredeemable.現在という時と過去という時、
それは未来という時における現在で、
過去に封じられた未来なのかもしれない
もしすべての時が永久に現在だとするなら
すべての時は取り返しがつかないのだ
この書き出しで始まる長大な詩は難解で宗教的で瞑想的です。時とはなにか、時を意識させる記憶について、意識とはなにか、死、時間を超越したもの、永遠についてが語られるところはまさに映画のテーマに寄り添っています。
しかしよりふさわしいのは、第4歌である “Little Gidding” の一節:
With the drawing of this Love and the voice of this Calling
なのかもしれません。この一行の続きは、「私たちは探索をやめてはならない、そしてすべての探索の終わりは始まりへと戻る」と続くのですが、まずは “Voice of this Calling” があのシーンを彷彿とさせてくれます。
スティーヴン・キング「The Stand」
軍が秘密裏に開発したインフルエンザウィルスが事故で漏れてしまい、世界がゆるやかに破滅へと進んでゆく。そしてわずかに生き残った人々をさらなる絶望が襲ってゆく。
「ザ・スタンド」はキングが最初に出版社に持ち込んだ際には長すぎたために大幅に割愛された版が出版され、のちに完全版が出版されたという経緯のある傑作です。
高校生の頃、あまりの分厚さに読み切ることができるのだろうかと思いながら原書を手にとって、あまりの恐ろしさに本を下ろすことができなくなったのをよく覚えています。ボロボロになったペーパーバックが、いまも本棚の一角で誘いかけています。
詳細には語られなかった「インターステラー」の世界の絶望的状況ですが、「ザ・スタンド」を知っている人ならば、容易に想像ができることでしょう。
トマス・ピンチョン「重力の虹」
いったい何回読み始めて、何回挫折したかわからないトマス・ピンチョンの「重力の虹」。超音速で空を切り裂くV2ロケット、主人公スロースロップの性的遍歴に重なりあう着弾点。
この膨大で難解な小説を貫いているテーマはもちろん「重力」。それは物理的な重力でもありますし、文明という重力でもあります。
また「陰謀」という側面もこの小説には強く登場します。それは映画のなかで明らかになるあの陰謀とも平行しているとみるべきなのでしょうか? あるいは単にロケットが双曲線を描く小説だから床に落ちていたのでしょうか。
ジェーン・オースティン「エマ」
ジェーン・オースティンの長編小説「エマ」は彼女の最高傑作と呼ばれていますが、ここでは映画の本筋に関係するというよりも、クリストファー・ノーラン監督の奥さんであり、「インターステラー」のプロデューサーを務める Emma Thomasさんへのトリビュートとみて間違いないでしょう。
マデレイン・レングル「五次元世界のぼうけん」
原題が “A Wrinkle in Time” すなわち「時の皺」なっているところからも、時空を越えるお話だとわかるティーン向けの物語。
天体物理学者のジャックがある日、妻と子どもたちを残してこつ然と姿を消した。14歳の娘のメグとその同級生カルビン、そしてまだ幼児だが天才的なチャールズ・ウオーレスの3人は、魔女のような不思議な3人の婦人、ワッツイットさんらの道案内で、ジャックを捜す時空の旅に出る。
1962年に出版され、アメリカの児童書ではもはや古典となっている本書ですが、その時空の旅は作中で「5次元のテサレクト」を通して行われる描写がされていて、映画を見た人ならなるほどと思うはずです。
邦訳はどうやら手にはいらないようですので、英語版のKindle本で読むのがよいでしょう。
ホルヘ・ルイス・ボルヘス「伝奇集」
映画で床に落ちているのは “Labyrinth” というボルヘスの選集なのですが、きっとここで言及したいのは「伝奇集」に収録されている「バベルの図書館」であるとみて間違いないでしょう。
ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」で象徴的に中世の文書館として描かれたこの図書館は世界そのものを表象しています。「無限であり周期的である」図書館は一見無秩序でも、それは無限の時の彼方に秩序となる…という瞑想的な記述はまさに映画の序盤とラストをつなぐ隠喩となっています。
L. P. ハートレー「The Go-Between 仲介者」
本書の冒頭 “The past is a foreign country: they do things differently there” 「過去は違う国なのだ。彼らはこことは違うしきたりで動いてる」という一節がすでにひとり歩きしてことわざになっている作品。
これは読んだことがないのですが、遠い過去へのノスタルジーがテーマの一つになっていて、いずれ読んでみたい一冊です。
エドウィン・アボット・アボットの「フラットランド」
2次元の世界の住人に3次元を説明しようとしたら、どのようになるかを軸とした物語です。原書が1884に出版されていて、その後の宇宙物理の発展にも影響を与えた古典として知られています。
まとめ
映画のなかで本が映るときには、こうした隠喩や、監督のこだわりがあるので、時間がある時に追うのは楽しみにしています。
有名なところだと、映画「マトリックス」冒頭でネオが中身をくりぬいた本の中からディスクを取り出す、その本が「シミュラークルとシミュレーション」で、主演のキアヌ・リーヴスはウォシャウスキー監督らからそれを課題図書として渡されていたなどといった逸話を思い出すわけです。
映画「インターステラー」もまだまだ隠れたメッセージがあるかもしれませんので、時間があればもう一度見に行きたいですね。
インターステラーについては、もう一つの記事「映画「インターステラー」をみる人に届けたい5つの豆知識」もネタバレなしで、映画を見る際の事前情報をまとめてありますのでどうぞ。
(写真は配給元より)