モーリス・センダックのインタビューに合わせたイラスト動画が、人生の美しさを教えてくれる
「それは2011年の、大忙しの土曜日のことでした」
クリストフ・ニーマン、NYタイムズに Abstract Sunday というコミックのコラムをもっているイラストレーターは述懐します。
「私は友だちの誕生会にいった子供の一人を迎えに車を走らせていました。ラジオをつけてみると、番組 “Fresh Air” でテリー・グロスがインタビューしているところを、途中から耳にしたのでした。ほかならぬ、モーリス・センダックを」
このようなナレーションで始まる次の動画を、大切な友人の Pam Slim が今朝シェアしてくれ、一度見るだけで私は心を奪われました。
“Fresh Air” は NPR、National Public Radio で放送されている番組で、テリー・グロスはそのなかで深い洞察力をもったインタビューの名手として有名な方です。
そしてモーリス・センダックは、あの、モーリス・センダックです。
これは彼が亡くなるほんのすこし前、2012年に収録されたインタビューの抜粋と、ニーマンによるイラストレーション、そしてシューマンの4つの即興曲作品142 変ロ長調にのせて奏でられる、ほんとうに美しい、奇跡のようなひとときです。
つたないですが、翻訳とともにどうぞお楽しみください。
翻訳(耳で聞いているので不正確かもしれません)
グロス: 友人が亡くなり、歳をとって、人生の終わりが近づくと、それはその人の信仰を試しもしますが、無神論者の無神論も試すと言ってもいいと思います。そしてあなたの無神論は、なお健在なようですね
センダック:(笑いながら)なんだって?
**グロス:**健在なんですね、と
**センダック:**ええ、私は歳をとることに不満はない。避けられないことについても、不満はないのです。ただ、友達が先に逝ってしまい、人生が空っぽになったようなとき、そんなときだけは涙を流します。私は死後の世界を信じてはいませんが…それでも…それでも死後に自分の兄に会える気がしてならないんですよ。それは夢のような心地なのです。
私はいま、サミュエル・パーマーについての伝記を、それはイギリスのなんといったか今は思い出せない女性が書いたものなのですが、そこに出てくる彼のような気持ちでいるのです。彼が創造的な力を身につけ、自然に対して目が開かれていったいったときのように。
でもね、彼は神を信じていて、天国も、地獄も信じていて、ああそれでどんなにか人生が楽になったことだろうかと思うのです。私ども不信心のものはそうはいきません。
しかしですね、歳をとるとともに見出していることもあるのです。それは私がこの世界を愛しているのだということです。そしてこうしていま、仕事場の窓から外を見て、私の美しい美しい樹齢何百年のカエデの木をみて、その美しさに打たれるのです。それを私は感じることができます。その美を受け取るだけの時間があります。
老いとはなんという恵みでしょう。なすべきことをなし、本を読み、音楽を聞けるとは、なんという恵みでしょう。私は別に理屈をこねて自分を正当化しているつもりはないのです。それは避けようのない気持ちで、私にはそれに抵抗する力はないのです。そしていまや、私は自分の人生に対する感謝の気持しかないのです。ええ、私は不幸ではないのです。
**グロス:**ええ
**センダック:**私は涙もろくなってる。それは逝ってしまった人が懐かしいからです。彼らは死んでいき、私は彼らの歩みをとめることなどできないからです。彼らは私を置き去りにして去ってゆく…そして私のかれらへの愛はいや増すのです。
ああ、でも私には若い人たちがついていて、数人はここで学んでいて私がなんでも知っていると思って見上げるのですが(私はなにも知りはしないのです)…まったく気の毒に(笑)
ああ神様、世界にはなんと美しいものがたくさんあって、私が死んだら、それをすべておきざりにしなければいけないとは。でも私には覚悟ができているのです、いるのです、いるのです…
**グロス:**ええ、ところで…
**センダック:**君に、一つ伝えなければいけないことがある
**グロス:**どうぞ
**センダック:**貴女は、これまでお話したり、インタビューしたりといったことで、私からこんな気持ちをひきだした唯一の人だ。貴女にはユニークで特別な何かがあって、私はそれを信頼しているんだ。だから君が私をインタビューしてくれると聞いてね、私は、とても、とても…
**グロス:**私のほうこそ、お話できて嬉しかったわ…あなたの本が出版されるときいてですね…
**センダック:**ああ…
**グロス:**モーリス・センダックに声をかけてお話ができる、よい口実ができたわと思ったのですよ(笑)
センダック: ああ、これまで通りにね(笑)
**グロス:**ええ
**センダック:**これまでとまったく同じように
**グロス:**そうですね…
**センダック:**まだそんな機会があって神に感謝だよ
グロス: ええ
**センダック:**そしてきっと確実に、私は君よりも先に逝くだろう。そうしたら、君がいなくて寂しいと思うことはないわけだ
**グロス:**そんな…ああ神様
**センダック:**私がもう一冊本を書くかどうかなんてわからない。書くかもしれない。でもそれはどちらでもいいことなんだ。私は幸せな老人だ。だが、そのときがきたら、私は君と世界を惜しんで、きっと墓までずっと涙を流しならゆくことだろう
**グロス:**今回、新しい本が出版されて、本当に嬉しかったです。そしてこうしてお話できる機会をもてたことも
**センダック:**私もだよ
**グロス:**そしてあなたにどうか祝福がありますように
**センダック:**あなたにこそ、私は祝福を祈るよ。君の人生を生きたまえ、生きたまえ、生きたまえ。
補遺
モーリス・センダックは晩年になって自分がゲイで、無神論者であることについて何度か語っています。それらについては過去の NPR のインタビューなどからもうかがうことができます。言葉の端々に “God” ということばが入るのですが、それは特定の宗教の神のことというよりも、言葉上での使い方のようにみえます。しかし老境の作家の言葉は、ほとんど信仰に近いものにも思えましたので神と直訳しています。
途中でモーリス・センダックが言及したサミュエル・パーカーは英国のロマン派の画家であり作家。そのコレクションは大英博物館に所蔵されています。センダックが著者名を思い出せなかった伝記は、時期からみて Rachel Campbell-Johnston 女史による “Mysterious Wisdom: The Life and Work of Samuel Palmer” だと思われます。
インタビュアーのテリー・グロスのショー、Fresh Airはポッドキャストとしても提供されていますので、おすすめです。
また、動画のイラストを描いたクリストフ・ニーマンの Abstract Sunday はブログにもなっていますので、こちらもチェックしてみてください。