蒼色の湖と氷河に目が釘付けになる、フェアモントホテル・シャトー・レイク・ルイーズ
かつて私は、神秘的なレイク・ルイーズのほとりにある歴史あるホテルに泊まっていたことがありました。
アルバータ州のバンフ国立公園にあるフェアモントホテル・シャトー・レイク・ルイーズは、氷河をいただく湖のそばに建てられた古城さながらの豪華な施設で、観光目的だけでなく、結婚式や国際会議などでも利用されることが多いアルバータでも屈指の有名なホテルです。
しかしこの土地がカナダ太平洋鉄道とともに切り開かれたのはたったの百数十年前。その人跡未踏だった時代の名残りが土地に荒々しく刻まれているのが魅力の一つでもあるのです。
「氷河がみえるホテル」という触れ込みに興味を持つ人も多いと思いますが、ぜひその言葉の意味を感じ取っていただきたいと思うのです。これがどれだけすさまじいことなのかを。
夜の到着から、夜明けまで
私たちが到着したのはもう夜になってからでした。柔らかい光りに包まれた車回しに降り立つと、夜の冷気の中で誇らしく翻る数々の旗が目に入ります。奥からみえるのはカナダの国旗、オンタリオ州、ケベック州、ノヴァ・スコシア州、ニューブランズウィック州…と、カナダの州旗。まさに国を代表するホテルの門構えです。
内部は近代的な施設でありながら、どこか19世紀の雰囲気を残す調度で飾られています。フロントの大広間の吊り照明、階段をのぼったところにあるピエタ像、さりげなくそのままに放置されている古い時代の郵便受けや電話交換機の台などが気分を落ち着かせてくれます。
古い施設に新しい機械を組み込んで使っている箇所も多いのがさすがのつくり。こうした隠れた歴史を探検するだけでも楽しいひとときです。
私たちが訪問したのは秋でしたが、長い冬にはスキー客などで館内は溢れ、この廊下の窓側のカフェは暖を取る人々でいっぱいになるのだそうです。館内だけで食事もショッピングも休息もとることができる施設が十分にあります。
この日通された部屋はこの通り。一人で使うにはすこし気が引ける大きさでしたが、申し分のないベッドで長旅の疲れを癒やすことができました。
テーブルの上にはこんな歓迎のお菓子も。ハッシュタグとともに写真に撮影してツイッターに投稿して、Facebookでいいねを押してねというそつのない歓待です。こんなところが、やはり古いだけのホテルではありません。
足置きつきのソファ。時差ボケもあってなかなか寝付けずにここに足をのせて本を読んでいるといつしか夜明けが近づいてくるのでした。
数時間うとうととして目を覚ますと、部屋の窓からは小雨降るレイク・ルイーズの蒼色の湖面と、煙るような雲に覆われた氷河の姿が遠景にみえました。1882年、鉄道を敷設するための調査紀行で先住民ではない人間として初めてこの風景を目にしたトーマス・ウィルソンは、「神が証人だ。私はこれいじょう美しい場所を目にしたことはない」と驚嘆の声を上げましたが、まさにその情景そのままです。
湖に近づくと、ピートー湖でも目にした、氷河が岩盤を削ることで水にとけこんだ細かい粒子の生み出す不思議な青い色が足元まで広がっています。
もし、ここを訪れることがあったら、ホテルを背にしたこの場所でしばし立ち止まってみてください。青ざめた湖、その奥に開いた谷間からみえる氷河。なにもかもが完璧な風景なのですが、この風景は1882年以前は人がめったに立ち入ることもなかった、氷河期から続く長い長い静寂の空間そのままなのです。
いまは大勢の観光客で賑わい、天気がよければ湖には多くのカヌーが浮かぶレクリエーションの場ですのでなかなかそんな気持ちにはなれないかもしれませんが、ほんの一瞬でいいので、ここがかつてはどんな場所だったのか想像してみる、それだけでより湖の色の深さはより意味深く感じられるような気がするのです。それ自体、人間の勝手な感傷なのかもしれませんが。
ホテルのどこにいても、意識はどこかで窓の外の氷河にむかって引き寄せられてしまいます。海辺にゆくとどうしても水平線から目を離せないのと同じように、このホテルをとりまく谷間と氷の壁にむかって心はくぎ付けになるのです。
忘れられない場所が、もう一つ増えました。
「かつて私は」シリーズについて
このシリーズは、以前旅をしたのですが、なかなか書ききれていなかった話題について掘り起こしをするエントリとなっています。
旅記事は本当は旅とともに臨場感をもって更新したほうがほうがよいのですが、なかなかそうはいきません。しかしもったいないので、時間がたってからでも、読める体裁に編集してお届けしています。それぞれの記事は公開後に対応する旅カテゴリに格納される予定です。