日産自動車のエンジニアが開発した「アイガモロボ」が農業の未来である理由 #日産あんばさだー
未来の田んぼでは数多くのロボットが動いて、雑草を引き、作物の管理をして、人間を助けてくれているはずです。これはもう夢物語や、「できればいいね」というレベルの話ではなく、そうならなければ大変なことになる、現実問題でもあります。
しかし農業、特に人間でも動きにくい田んぼでの作業をロボットで代替するのはまだまだハードルの高い領域です。
そうした難易度のたかい分野で、これまで存在した合鴨農法の代わりとなりうるロボットの開発に日産のエンジニアが取り組んでいるという話題について取材しました。
(本記事は日産自動車よりご招待いただき取材しています)
田んぼをくまなく移動するアイガモロボ
今回公開されたのは、WiFiとGPSを使って田んぼのなかを自動運転でくまなく動く機能をもった「アイガモロボ」です。
合鴨農法にはさまざまなメリットがありますが、その一つに合鴨たちが田んぼの中を動き回ることで泥がかき混ぜられて水が濁り、田植え直後の大切な時期に雑草が伸びるのを抑制できるというものがあります。
一方で、合鴨を利用するには鴨を狙う外敵から守るために電柵や防鳥設備が必要であったり、合鴨自身が成鳥すると稲を食べてしまう、期間終了後に合鴨をどうするかといった問題も生じます。
そこで、合鴨たちの「泥をまきあげて雑草を抑制する」という部分に特化して、ロボット化できないかと模索したのが今回の試みだそうです。
こちらが今回お披露目したアイガモロボ。大きさは60cm四方で重さは1.5kgほど。目がついているのはご愛嬌だそうです(笑)。
田んぼに入れると、このように水面に浮いて、スクリューを用いた推進で自動運転することが可能です。
こちらが実際に泥を巻き上げている様子。稲を倒してしまわないかと心配になりますが、実際には稲が折れて元に戻らなくなるほどにならないよう、軽くまたぐような構造をしているそうです。
簡単そうにみえますが、田んぼの中は凸凹が多く、なかなか直進できません。アイガモロボはWi-FiをGPSで基準点に対する自分自身の位置を把握して、進むべき方角を判断しながら移動を試みる仕組みになっています。
約5時間ほどで一枚の田んぼの作業を終え、巻き上がった泥は半日から一日は水を濁らせたままになりますので、アイガモロボは次の田んぼの作業に移ることができます。
日産自動車のエンジニアによるボランティア的な開発
今回のアイガモロボは、日産自動車でEVなどの開発に携わっているエンジニアの中村哲也さんらのグループによって開発されました。
今回お披露目が行われた山形県朝日町に知人がいる中村さんは、2013年に「減農薬の米作りに活かせる技術はないか」と相談を受け、アイガモロボの開発に着手したといいます。
泥の中を移動するロボットの開発は思った以上に困難で、最初は泥のなかにスタックしてしまうという困難も多かったそうです。
試行錯誤の結果、稲を傷めず、泥の中を移動可能なうえに水流で本体のバッテリーの冷却が可能なスクリューと本体の構造が考案されました。
このスクリュー、船のように互いに逆向きではなく同じ向きになっているのは泥でスタックしないための工夫で、この2つをそれぞれ独立に制御することで軸方向に向かって推進力が生み出される仕組みになっています。
もう一つのハードルはコストです。トータルのコストを合鴨農法と同じ程度まで下げるために、ニッケル水素バッテリーに、Raspberry Pi、そして中国製の500rpmのギヤードモータなど、Amazonで手に入る一般的な部品を組み合わせています。
外装を除けば5-6万円ほどで製造が可能で、もし量産が可能になればスクリューなども含めたトータルコストはさらに下げられる可能性もあります。
この日はロボコンにも参加している山形工業高校の学生のみなさんも参加し、熱心に質問をされていました。パーツも制御のための小型コンピューターのシステムもすぐに手に入る時代なのですから、そこからどんなロボットや技術の解を生み出すかはセンス次第という、とても良い時代なのだなと印象付けられました。
農業用ロボットという必然的な未来
今回の取材で驚いたのは、ロボットというと非常に高度な精密機械の塊を想像していたところ、拍子抜けするほどとても簡単な作りだった点です。でもこれは、私のほうが不見識だったといまでは思います。
農地、特に田んぼのような環境で安定して動かすためにはできるだけ構造は簡単であるほうが良いに決まっています。
そしてそれでも泥にはまったときに異常を検知して自動的に対処のための動きをしたり、凸凹とした表面を回避するといった行動をとるために、GPSとコンピューターの頭脳があるわけです。いわば、ノウハウはすべてそこにプログラミングされているのです。
逆に言えば、このプログラム化されたノウハウの部分をベースに、より低コストの量産型のアイガモロボも開発可能だともいえます。泥の避け方、移動の仕方といったノウハウの蓄積が、未来のロボットの開発に拍車をかけるわけです。
今回のアイガモロボは、日産自動車での製品化は予定されていないそうで、技術提供といった形で希望する企業との協力関係が生み出せるようならば、今後も開発は続けられる可能性があるとのことでした。
農業人口が減り、より効率的な食糧生産の手法が模索されているなか、この問題に対してなにかを革命的に変える「銀の弾丸」はありません。むしろこうした草の根のロボットづくりが、やがてより現実的で大きなソリューションに向かって拡大してゆく未来のほうが現実的でしょう。そういう意味で、このアイガモロボはまさに農業の未来といえるのです。
お披露目が終わって、アイガモロボが動いている田んぼを見下ろすことができる高台に連れていっていただきました。この風景のどこかに、あの白いロボットが自律して動いているのです。
その姿はいまは感動的ですらありますが、やがてはこの田んぼすべてに、なんらかのロボットが動いている光景がやってくることでしょう。やがては普通のことになるその光景も、アイガモロボのような、小さな積み重ねから生まれるのです。
(本記事は取材のうえ執筆しています、アイガモロボの詳細につきましては日産自動車広報までお問い合わせください)