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「Dark Summit」Nick Heil(Virgin Digital)

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標高8848mのエベレストにおいて、登山者の死亡が相次いでいることがニュースになっています。2019年5月27日の時点でその数は12人と、大惨事で有名な1996年の16名、2006年の10名にも匹敵する数に達しています。

また、登山そのものではなくベースキャンプを襲った雪崩によって2014年には16人のシェルパが、2015年にも大地震にともなう雪崩で19人が亡くなっています。

報道では山頂付近で大勢の登山者が渋滞になっている異様な写真が独り歩きし、そんなに大勢の人がこの山に殺到しているのかと大勢の人が驚くと同時に、どうしてこうなってしまったのか不思議に思った人もいると思います。

そうしたエベレストの登山にまつわる暗い側面についてバランスよくまとめているのが、Nick Heil による"Dark Summit" 「闇の山頂」(未邦訳)です。

エベレストにおける山岳事故を扱った本には1996年の大惨事をたまたま体験したジョン・クラカワーによる名著 “Into Thin Air” (「空へ ― 悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日」)がありますが、さらにその後、エベレストでは登山のさらなる商業化、アマチュア化が進み、いつ悲劇が起こってもおかしくないとされれいました。

“Dark Summit” は、2006年のシーズンにおいて単独登山をしていて遭難した David Sharp 氏の横を40人以上の登山者たちが通過していたにもかかわらず彼を救助できなかったという、大きな議論をまきおこした事件を題材に、エベレスト登山の暗部について解説したドキュメンタリーです。

What had once stood as a symbol of what was best in mankind, determination, tenacity, teamwork, now represented something much darker. Ego, hubris, greed.

(エベレスト登山はかつて)人間の最良の面ともいえる意志力、不屈さ、チームワークのシンボルだったのが、いまやより暗い側面を見せているといっていいのだ。それは自尊心、傲慢、そして欲深さだ。

“Dark Summit” Chapter . 登山好きなひとにとっては、大好きな趣味が糾弾されているように思えるかもしれませんが、著者の描き方は冷静でバランスがとれており、命をかけた登山への警鐘となっています。

David Sharp氏がどうして、「緑色のブーツ」のあだ名で知られる1996年の惨事の犠牲者の遺体が残されたままのくぼみで遭難するに至ったのかの流れと、その横を通過していったHimex(ヒマラヤ・エキスペリエンス)という山岳ガイド会社のチームの行動とを突き合わせて、悲劇の様子を淡々と解説していきます。

エベレストを目指す人が多くなるにつれ、いかに経験の少ない登山者が増えたか、彼らをサポートする山岳ガイドたちのビジネスとその限界はどこにあるのかが解説されるとともに、そうした人間たちの思いを叩き潰す8000m以上の「デスゾーン」の冷酷な現実が描かれています。

本書を読むと悲劇が起きる状況は多種多様で、その人の運次第であることも多いことがわかります。2019年の山頂の大渋滞の写真も見た目は異様ですが、その前後しか天候が晴れなかった一瞬のタイミングに頂上を目指す人々が集まっている姿であって、それがどれほど惨事の原因になったかはこれから調査が進むのでしょう。

(2019年の大渋滞の様子を投稿後、下山途中で亡くなられたRobin Haynes Fisher 氏の最後のインスタグラム投稿) その一方で、エベレストの「観光地」化がより悲劇の可能性を高めている側面も理解できるため、問題を多角的に理解できるのも本書の魅力です。

エベレストが大きく注目されたこの機会に、ぜひ邦訳がでてくれるといいのですが、それまではKindle版、そしてAudibleのオーディオブック版で読むことが可能です。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。

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